きよめの祝福を受けようとする人たちは、まず自己犠牲の意味を学ばなければならない。キリストの十字架は、「永遠の重い栄光」のかかる主柱である。「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」と、キリストは言われる(Ⅱコリント4:17、マタイ16:24)。神に対するわれわれの愛を示すものは、同胞に対するわれわれの愛のかおりである。魂に休息をもたらすのは、奉仕における忍耐である。謙遜に、勤勉に、忠実に働いてこそ、イスラエルの幸福は増し加えられる。神はキリストの道に自発的に従いたいと思う者を支え、強めて下さるのである。 艱難から栄光へ 第55章 恵みによって変えられた人
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