『だから あなたが祈るときは』
【10日目 わたしたちを誘惑に遭わせず】
2025 年1月17 日(金)
本当に神様がそのようなことをするのですか?
神様は聖であり、愛のお方ですから、人間を誘惑されることは決してありません。私たち人間が自らの欲望にひかれて誘惑に陥るのです。(ヤコブ1:14、15) では「主の祈り」の中で、イエスが「わたしたちを試み(誘惑)に遭わせず」と懇願されているのにはどんな意味があるのでしょうか。神様が私たちを罪の誘惑に導くわけではないからです。
ギリシャ語を含む多くの言語では一つの単語が複数の意味を持つことがあるので、原語と文脈をよく確認する必要があります。「~に導く」を意味するギリシャ語の単語「eisphero」であり、この節は「私たちをそこへ行かせないでください」「そこに捨て置かないでください」「行くのを許さないでください」と翻訳することもできます。「誘惑に遭わせず」という言葉のニュアンスとはずいぶん違います。
「誘惑」をあらわすギリシャ語の単語は「peirasmon」です。これは「試練、試験、逆境」などとも訳されることがあります。したがって「わたしたちを誘惑に遭わせず」というフレーズの意味は、「どうか私を放っておかないでください、さもないと私は罪に陥ってしまいます」もしくは、「すでに陥っている罪にとどまってしまいます」あるいは、「私を試みられるなら、私を一人にしないで、そこに長く留めないでください。罪に陥ってしまうのが怖いからです」という解釈にもなります。
神様はときに、私たちを特定の問題のある状況に置かれることがあります。その目的は、私たちが自分自身の霊的な状態を理解し、自分がどのような者で、何が必要であるかに気づかせるためです。聖書に「自分が惨めな者、哀れな者、貧しい者、目の見えない者、裸の者であることが分かっていない」と書かれているとおりです。(黙示録 3:17) 自分が病気であるとわかれば病院に行きますが、わからなければどうしようもありません。自分がどんな存在であるかを知って初めて、人は自らの罪深さを自覚し、イエスが必要であることに気づきます。「イエスに最も近く生活する者が、人間の弱さと罪深さを最もはっきりと認める。そして自分たちの唯一の希望を、十字架につけられ復活された救い主の功績に置くのである。」 (『希望への光』 1824ページ、『各時代の大争闘』 27章)
神様はヒゼキヤ王を試みられました。(歴代誌下32:31) 箴言 17:3 には、神様は私たちの心を試しておられると書かれています。ダビデは「主よ、わたしを調べ、試み、はらわたと心を火をもって試してください」(詩篇26:2)と祈りましたし、ペテロも「火のような試練」が私たちを試すためのものだと言っています。(Ⅰペトロ4:12) 「自分の罪深いことを知ってゆるしを与えられる救い主のもとに走り寄り、魂の力なさを悟ってキリストに手を伸べます。すると、キリストはご自分の力をあらわしてくださいます。」(『キリストへの道』改訂第三版文庫版 92ページ)
ですから、「 私たちの魂の敵は、何とかして魂を神から引き離そうとして必死です。」(『祈り』 415ページ) 神様から引き離すことによって、私たちが罪に陥ることを敵は知っているからです。
「主の祈り」の最後の部分で、イエスは力と勝利の秘訣を強調しておられます。私たちの唯一の希望は、常にキリストの中におり、キリストを私たちの内にお招きし、決して離れないことだと言っているのです。
「あなたがたの内におられるキリスト、栄光の希望です。」(コロサイ 1:27)私たちには心を新たに造り変える力はありません。しかし主のお約束は明確であり確かです。「キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。」(Ⅱコリント5:17) - 10日目 わたしたちを誘惑に遭わせず -
では、私たちは自分自身の霊的状態をどのように確認することができるでしょうか。イエスは、信仰の実によってそれを知ることができると言われました。(マタイ 7:16) 私たちが実を結ぶ方法は、常にキリストと結ばれていることと(ヨハネ 15:1-5)、聖霊に満たされることによってです。(ガラテヤ 5:22-23)
「信仰の告白によって人は教会に加わるが、その品性と行為は彼らがキリストにつながっているかどうかを示している。」(『希望への光』 1032ページ、『各時代の希望』 73章)
もしあなたがキリストと結ばれているなら、実際に神様がどのように働いておられるかをすべて理解できなくても良いのです。ただ神様を信頼していれば良いのです。神様は彼のもとに来るすべての人を救ってくださるのですから。(ヘブライ7:25)
「悪に対する唯一の防備は、キリストの義を信じる信仰によって、心のうちにキリストに内住していただくことである。」(『希望への光』 835ページ、『各時代の希望』 33章)
絶えず祈りによって主の御名を呼び求め、主と共に歩み、常に主のご臨在を意識しながら完全に信頼すること。決して主から離れることがないようにと、神様は私たちを招いておられます。これこそが、私たちができる唯一の努力なのです。神様は約束しておられます。「神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます。」(ヤコブ4:8)共に祈りましょう。
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