イエスは言われた、「では、何を見に出てきたのか。預言者か。そうだ、あなたがたに言うが、預言者以上の者である。
『見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、あなたの前に、道を整えさせるであろう』
と書いてあるのは、この人のことである。あなたがたに言っておく。女の産んだ者の中で、ヨハネより大きい人物はいない」(ルカ7:26~28)。ヨハネが生れる前に、天使は、ザカリヤへのお告げの中で、「彼は主のみまえに大いなる者となり」と言った(ルカ1:15)。天の神の評価で、大いなるものとは何だろうか。世の人々が大いなるものとみなしているもの、すなわち富や階級や名門や知的な才能自体ではない。もし神を考慮に入れない知的な偉大さに尊敬の価値があるとしたら、われわれの尊敬は、どんな人間もくらべることのできない知力をもっているサタンに当然ささげられる。だが自我に奉仕するために悪用される時、知力は、その才能が大きければ大きいほど、一層大きなわざわいとなる。神がとうとばれるのは道徳的価値である。愛と純潔とは、神が最もとうとばれる特性である。ヨハネがサンヒドリンの使者たちの前で、人々の前で、自分の弟子たちの前で、自分自身の誉を求めようとしないで、イエスを約束のお方としてすべての人にさし示した時、彼は、イエスの目に大いなる者となった。キリストの働きにおける彼の無我の喜びは、人間のうちにあらわされた最高級の気高さをあらわしている。 各時代の希望 第22章 ヨハネの投獄と死
0 件のコメント:
コメントを投稿