2025年6月7日土曜日

To every sincere prayer He answers, 真心からの祈りの一つ一つに対して、「わたしはここにいる」と、神はお答えになる。 英語では全ての祈り

 He Uplifts the Distressed—Not a sigh is breathed, not a pain felt, not a grief pierces the soul, but the throb vibrates to the Father's heart.... God is bending from His throne to hear the cry of the oppressed. To every sincere prayer He answers, “Here am I.” He uplifts the distressed and downtrodden. In all our afflictions He is afflicted. In every temptation and every trial the Angel of His presence is near to deliver.—The Desire of Ages, 356 (1898). 


人々の心を疑いで満たすことが、サタンの働きである。サタンは、神がきびしくさばかれるおかたであると人々に考えさせる。サタンは人々を誘惑して罪を犯させておいて、自分は悪人だから天父のみもとに行くことはできないとか、天父の憐れみを請うことはできないと、彼らに考えさせる。主はすべてこうしたことをご存知である。イエスは、弟子たちが必要と弱さのうちにある時に、神の同情が彼らにあることを保証しておられる。ため息が出るたびに、苦痛を感じるたびに、魂が悲しみに刺されるたびに、その心のうずきは天父の心に伝わるのである。 


聖書には、高く聖なるところにおられる神は、何もしないで、だまってただ1人でおられるのではなく、みこころをなそうと待っている千々万々の聖天使たちにとりかこまれておられることが示されている。われわれがみわけることのできない方法で、神は、宇宙のどんな部分とも活発に交わっておられる。しかし、神の関心と全天の関心が集中されているのは、この一粒の世界、救うためにひとり子をお与えになった魂である。神は、しいたげられている者の叫びを聞くために、み座から身をかがめておられる。真心からの祈りの一つ一つに対して、「わたしはここにいる」と、神はお答えになる。神は苦しんでいる人々やしいたげられている人々を起こして下さる。われわれのすべての苦しみに神が苦しんで下さる。誘惑されるたびに、試みられるたびに、神のみ前にある天使が、救い出すために近くにいるのである。 各時代の希望 第37章 最初の伝道者たち


As yet the disciples were unacquainted with the Saviour's unlimited resources and power. He said to them, “Hitherto have ye asked nothing in My name.” John 16:24. He explained that the secret of their success would be in asking for strength and grace in His name. He would be present before the Father to make request for them. The prayer of the humble suppliant He presents as His own desire in that soul's behalf. Every sincere prayer is heard in heaven. It may not be fluently expressed; but if the heart is in it, it will ascend to the sanctuary where Jesus ministers, and He will present it to the Father without one awkward, stammering word, beautiful and fragrant with the incense of His own perfection.


「その時にはまだ弟子たちは救い主の無限の方法と能力について知っていなかった、主は彼らに、「今までは、あなたがたはわたしの名によって求めたことはなかった」と言われた(ヨハネ16:24)。彼らの成功の秘訣は、主のみ名によって力と恵みとを求めることにあることを主は説明された。主は、彼らのために願いをするために父の前に出られるのであった。謙遜な嘆願者の祈りを、主は、その人に代って、ご自身の願いとしてささげられる。真心からの祈りはどれも天に聞かれる。それはなめらかなことばではないかも知れないが、その中に心がこもっている時、イエスが奉仕しておられる聖所へのぼって行き、イエスはそれをぎこちないどもることばが1つもなく、ご自身の完全という香で美しくかぐわしいものとして、父にささげてくださるのである。」各時代の希望  第73章 「あなたがたは心を騒がせないがよい」

「弟子たちはまだ、救い主の無限の力と資源を知らなかった。わたしの名によって、あなたがたはこれまで何も求めなかった。ヨハネ16:24。ヨハネ16:24。救い主は、彼らの成功の秘訣は、救い主の名によって力と恵みを求めることにあると説明された。イエスは御父の御前で、彼らのために願い求めるのである。謙遜な祈り手の祈りは、その魂に代わって御自身の願いとして示される。すべての真摯な祈りは天で聞かれる。流暢に表現することはできなくても、心がこもっていれば、それはイエスが奉仕される聖所へと昇り、イエスはそれを、ぎこちなく、どもった言葉ひとつなく、ご自身の完全さの香で美しく、かぐわしいものとして、御父に差し出してくださる。」DEEPL翻訳




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