「自分たちの環境はキリストのためにあかしをするにふさわしくないと、言いわけしたくなる人がいるならば、カイザルの宮廷で、皇帝の堕落や王室の不品行を見ている弟子たちの立場を考えてみるがよい。宗教的な生活にとってこれほど好ましくない環境を、また、これらの人々の置かれている立場ほど大きな犠牲と反対を伴う環境を、ほかに想像することはできないであろう。さまざまな困難と危険のただ中にあってもなお、彼らは忠誠を保ちつづけていた。うち勝ちがたいようにみえる障害のためにクリスチャンは、キリストのうちにある真理を従うことのできない自分に言いわけをしようとするかもしれない。しかし、取り調べに耐える弁解をすることはできない。もし、これができるとすれば、彼は、神がその子らに、応じることのできないような救いの条件をお作りになったのだから、神は不公平だと証言するであろう。
神に仕えようと心に決めている人は、神のためにあかしする機会を見つけるであろう。まず神の国と神の義を求めようとしている者には、困難などなんら妨げる力のないものである。・・・」
艱難から栄光へ ~ネロの宮廷にて~
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