2016年3月27日日曜日

19 章 御言葉によって生きる (LIVING BY THE WORD) A.T. ジョーンズ


「しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法 と預言者とによってあかしされて、現わされた。それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており」( ローマ 321 24)

 神の義は、すべての人が何よりもまず求めるべきものです。「まず神の国と神の義とを求めなさい」( マタイ 633)。そして、 義の道には命があります。神の命を神の義から切り離すのは不可能です。あなたが神の義を得ているのが確実なら、確かに神の命を得ています。

また、「今や、神の義が現わされた」。今とは、この時現在、 まさにこの瞬間、あなたがそれを読んでいる時のことです。まさにこの瞬間、神の義はすべての人に現わされます。あなたは、 今、この瞬間、キリストを信じますか。信じるというのであれば、「今」、この瞬間、神の義はあなたに現わされ、あなたに与えられます。あなたはそれを信じますか。神の御言葉はそう言っています。あなたはそうだと言いますか。そうだと言わないとしたら、あなたは御言葉を信じているのでしょうか。主がはっきりと、神の義は「今」あなたに現わされ、あなたにお与えに なると言われるのに、あなたは今それが自分には現れず、与えられるとは言わないのなら、あなたは本当に主を信じているのでしょうか。主が、あることをはっきりとあなたに言われる時、 あなたがそのことは自分にとって真理だと言わないのであれば、 あなたは本当に主を信じているのでしょうか。

主は、ご自分の言われることを、あなたがしかりと言うのを 望まれます。それは「今」、この瞬間のことであり、あなたに向かって、あなたのうちで、その通りになるのです。「新しい戒めを、あなたがたに書きおくるのである。そして、それは、彼にとってもあなたがたにとっても真理なのである」(I ヨハネ 28)。 主があることを言われる時、世の中のだれも信じないとしても、それはなお真理です。それは神にある真理です。しかし信じない人々にとっては真理ではありません。しかし、主は、ご自分にとってと同じく、あなたにとっても真理であることを望まれます。そして、主の言われることは、「今」、この瞬間、あなたにとって真理であると認めると、その事は主にとってもあなたにとっても真理となります。これが神を信じることです。それが神の御言葉を信じることです。これが、あなたのうちに御言葉を宿らせることです。そして、「あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、 なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう」( ヨハネ 157)

多くの人たちは、概して、主はそう言っておられるとやすやすと承認します。彼らは、それはおそらく他の人たちにとってその通りだろうと承認しますが、自分にとって、今まさに、その通りとは言おうとしません。そのような人々は、神の御言葉が真理であることを本当にはわかっていないのです。「あなたの持っている信仰を、神のみまえに、自分自身に持っていなさい」 ( ローマ 1422)。あなた自身の信仰を、自分自身に持っているのでなければ、あなたは全然信じてはいないのです。あなたが生きているのは昨日や明日ではなく、まさに今生きているのですから、今という時に、今信じないならば、全然信じてはいないのです。ですから、神の御言葉を受けいれる時は今です。今 が救いの日です。そして「今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現わされた。それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を 受けられなくなっており、彼らは、価なしに、神の恵みにより、 キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである」 ( ローマ 321 24)

あなたは、今、イエス・キリストをあなたの個人的な救い主として信じますか。あなたは、一瞬で答えることができます。 あなたは自分のすることがわかっています。では、この瞬間、 神の義があなたに現れ、あなたに与えられることを主に感謝しなさい。主はただ言われるだけでなく、その事実のあかしをあなたにお与えになりますそれは律法と預言者とによってあかしされています。あなたが違反した律法、神の前であなたの不義を示してきた律法、その律法はまた、「今」神の義の現れたのを見て、あなたにはこの義の請求権があること、あなたはイエス・ キリストを信じる信仰によって義とされることをあかしします。 同様に預言者もこの祝福された事実をあかししています。「罪人がキリストを信じた瞬間、彼は神の目にとがめのない者として立つ。キリストの義は彼のものだからである。キリストの完全な従順が彼に与えられる」。では、もしあなたが今までにそう言ったことがないのなら、今、この瞬間、そう言うべきではないでしょうか。今、イエスを信じるあなたに、「今や、義は現れ」、そしてあなたに与えられます。

「彼らは価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。神は このキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を 示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、 神は忍耐をもって見のがしておられたが、それは今の時に、神の義を示すためであった」( ローマ 324 26)

あなたは今、自分の罪よりも神の義の方を得たいですか。あなたは、はいと言います。たいへん結構です。神は、「今までに 犯された罪を見のがされておられたが」、「今や」あなたに「神 の義を示すために」、キリスト・イエスを立てられました。あなたは今、この瞬間、罪を去らせますか。そして神が今、この瞬間、 価なしに与えて下さる神の義、与えるためにわざわざお立てに なった神の義を受け取りますか。

「価なしに義とされる」。「とされる」とは現在時制です。「とされた」は過去時制です。「とされるであろう」は未来である。 しかし「とされる」は現在です。ですから、主は、イエスを 信じるあなたに、今や ( 今、この瞬間に )「価なしに、あがないによって義とされるのである。神は忍耐をもって」と言 われます ( ローマ 3212425)

しかし主は、まだ主題を終わらせてはおられません。主は現在の力及びこのきわめて重大な事実の持つ祝福を「今の時に、 神の義を示すためであった」と強調しておられます。まず神は、「今や」神の義は信じる者すべてに現れて与えられると言われ、それから「価なしに義とされる」ことについて語り、そして次に、このようにすべては「今の時に、神の義を示すため」と言われ ます。

ああ、哀れな、恐れおののく、疑い惑う魂よ、今や、この瞬間、神の義はあなたのものであること、今やあなたは神の恵みにより価なしに義とされること、今や「今の時に」今までに犯 したあなたの罪全部をゆるすために、あなたに義が示されること、こうしたことの保証は十分ではないのですか。 これは十分ではないのですか。それは主が満足なさるのに十分です。主は、「今の時に、神の義を示すためであった。こうして、 神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである」( ローマ 326) と言っておられるからです。では、 それでまったく十分に主が満足されるなら、あなたにとって十 分ではないのですか。あなたは今、この祝福された「義の賜物」 をしっかりと受けるつもりがありますか。それは命なので、主はご自分の魂の苦しみの実をごらんになって満足されるでしょう。だから、あなたが喜ぶことにより、それは二倍の満足になるのではないでしょうか。これが、主があなたに求めておられるすべてです

「働きはなくても、不信心な者を義とするかたを信じる人は、 その信仰が義と認められるのである」( ローマ 45)

ここに、「今」、「今の時に」、あなたに向けての主の御言葉、 義の御言葉、命の御言葉があります。あなたは今それによって義とされるでしょうか。今、それによって生きるでしょうか。 これが信仰による義です。これが信仰によって義とされることです。それは世の中で一番簡単なことです。それは神の御言葉が、「今」、あなたのうちで真理となるかならないかというだけのことです。神はアブラハムに「星を数えることができるなら、数えてみなさい。あなたの子孫はあのようになるでしょう」と 言われました ( 創世記 155)。そして、「アブラハムは主を信じ た。主はこれを彼の義と認められた」( 創世記 156)。「しかし『義 と認められた』と書いてあるのは、アブラハムのためだけでは なく、わたしたちのためでもあって、わたしたちの主イエスを 死人の中からよみがえらせたかたを信じるわたしたちをも、義と認められるのである。主は、わたしたちの罪過のために死に 渡され、わたしたちが義とされるために、よみがえらされたのである。このように、わたしたちは、信仰によって義とされた のだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている」( ローマ 423 51)

「今や」、「今の時に」、それは真理です。それは主にとって真理です。今、今の時に、あなたにとっても真理とならせましょう。

 レビュウ・アンド・ヘラルド 1896 11 10

http://www.akagaku.net/wp-content/uploads/lessons%20on%20faith.pdf#search='%E4%BF%A1%E4%BB%B0%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%95%99%E8%A8%93+%E3%83%AF%E3%82%B4%E3%83%8A%E3%83%BC'

0 件のコメント:

コメントを投稿