確かに現代人は、先人の業績の恩恵に浴している。工夫、研究、著述などに従事したすぐれた頭脳の持ち主は彼らの作品を後世に残した。しかし、この点と単なる人間的知識だけのことにおいても、古代の人々はなんと有利な立場にあったことであろう。
神のかたちにかたどって創造され、創造主ご自身が「良し」と宣言された人間、すなわち、物質界のあらゆる知識を神から教えられた人が、数百年もの間、彼らとともに生存していたのである。
アダムは創造主から創造の歴史を学んだ。彼は、900年間の出来事を目撃した。そして、彼は、その知識を子孫に伝えた。洪水前の人々は、書物や記録などはもっていなかった。しかし、彼らは驚くべき体力と知力とを持っていたので記憶力は強かった。そして、教えられたことをよく理解して、それを自分の子孫にまちがいなく伝えることができた。そして、数百年にわたって、7代の人々が同時に生存していたので、共に意見を交換して、それぞれがすべての者の知識や経験によって、益を受ける機会に恵まれていた。
神のみわざを通して神を知ることが、この時代の人々ほどに恵まれた立場におかれたものはなかった。その時代は、宗教的暗黒の時代どころか、大いなる光明の時代であった。全世界は、アダムから教えを受ける機会に恵まれていて、キリストと天使が主をおそれるものの教師であった。また、数百年の間、人間のなかにとどまっていた神の園は、真理に関する無言の証人であった。ケルビムに守護された楽園の入り口では、神の栄光があらわされ、ここに最初の礼拝者たちが集まった。彼らは、ここで祭壇を築き、捧げ物を供えた。捧げ物をたずさえて来たカインとアベルに、神が親しく交わられたのもここであった。
エデンが眼前に存在し、見張りの天使がその入り口を守っているうちは、懐疑論者もその存在を否定することはできなかった。創造の順序、楽園の目的、そして、園のなかにあって、人間の運命に深い関係のあった2本の樹木にまつわる出来事などは、疑う余地のない事実であった。アダムが彼らのうちにいた間は、神の存在とその至上権、神の律法の義務などは、容易に疑い得ない真理であった。 」
人類のあけぼの 第7章セツとエノクの時代
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