新伝道地に働く時、直ぐに我らはセブンスデー・アドベンチストで、7日目安息日を信じ、また霊魂不滅説を否定するものであると公言する事が義務であるなど心得てはなりません。かくする事が、折角導こうと目指す人々と、教役者との間に大なる障害物を築く事となります。致し得る教理について語り、とにかく実行的信仰に重きを置き、相手の人をして、貴君がクリスチャンにして平和を願い、彼らの霊魂を愛する誠実の人手ある事を悟らせ、彼らの信用を得た後、徐々に教理問題に移っても決して遅くはありません。まず人望を得、土地を良く耕した上で、イエスがなし給いし如く、愛に基づき真理を紹介し、種をまくのが順序であります。
神は知恵を 賜たまわらん事を求むる者を確かに助け給います。機会は待つべきものにあらずして、求むべきものであります。しかして私共は何時も、私らの中にある希望の縁 由 ゆえよしを語り得る準備をしておらねばなりません。もし教役者が、常に祈祷の精神を持っておるなら、神は必ず、適当なる時に適当なる言葉を語り得るように助け給います。
人を矯正せんとするに当たりては、ことに言語に注意せねばなりません。物の言いよう1つで、あるいは生命にいたる生命の香りとなり、あるいは死にいたる死の香りとなります。とにかく人を譴責し、または忠告する時、鋭く激しい言葉を出す者が多くありますが、これは決して 傷いためる霊魂を癒すにふさわしきものでありません。言語の使い方が悪いため、相手を怒らせ、反抗心を起こさしめる事が間々(まま)あります。
真理の原則を鼓吹(こすい)するすべてのものは、天来の愛の油を受け、如何なる事情の下にも、愛の精神で人を譴責せねばなりません。かくすれば、決して人の感情を害する事なく、成功ある忠告をなす事が出来ます。またキリストは聖霊により能力を供給し給います。これすなわち主の働きであります。 福音宣伝者 資格篇
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