2021年6月5日土曜日

あしたはもっとゆたかな賜物を受ける保証である

  人は最初に一番よいぶどう酒を出し、それから後に悪いぶどう酒を出すが、この世の贈物もこれと同じである。この世が与えるものは、初めは人の目をよろこぼせ、感覚を魅惑するかもしれないが、結局は不満足なものである。ぶどう酒はにがくなり、はなやかさは陰気なものとなる。歌と歓楽に始まったものが疲労と不快に終る。しかしイエスの賜物はいつも新鮮で新しい。イエスが魂にお与えになるごちそうは必ず満足と喜びとを与える。新しい賜物が与えられるたびに、それを受ける者には主の祝福を感謝し、よろこぶ能力が増し加わる。主は恵みに恵みを加えられる。恵みのたくわえがつきるということがない。キリストのうちに住むならば、あなたがきょうゆたかな賜物を受けることは、あしたはもっとゆたかな賜物を受ける保証である。ナタナエルに対するイエスのみことばは、信仰の子らに対する神の態度の原則をあらわしている。主の愛が新しくあらわされるたびに、イエスはそれを受け入れる人に向かって、あなたは「信じるのか。これよりも、もっと大きなことを、あなたは見るであろう」と宣言される(ヨハネ1:50)。 各時代の希望 第15章 婚宴の席で

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