2021年7月11日日曜日

弟子たちは殉教者の勇気と不屈の精神を、こうした徳が必要となるまでは、与えられなかった。

 弟子たちは殉教者の勇気と不屈の精神を、こうした徳が必要となるまでは、与えられなかった。それが必要となった時、救い主の約束は成就した。ペテロとヨハネがサンヒドリンの会議であかしをたてた時、人々は「不思議に思った。そして彼らがイエスと共にいた者であることを認め」た(使徒行伝4:13)。ステパノについては、こう書かれている、「議会で席についていた人たちは皆、ステパノに目を注いだが、彼の顔は、ちょうど天使の顔のように見えた。」人々はステパノが、「知恵と御霊とで語っていたので、それに対抗できなかった」(使徒行伝6:15、10)。パウロもまた、カイザルの法廷で審問を受けた時のことを、こう書いている。「わたしの第1回の弁明の際には、わたしに味方をする者はひとりもなく、みなわたしを捨てて行った。……しかし、わたしが御言を余すところなく宣べ伝えて、すべての異邦人に聞かせるように、主はわたしを助け、力づけて下さった。そして、わたしは、ししの口から救い出されたのである」(Ⅱテモテ4:16、17)。

  キリストのしもべたちは裁判にかけられた時に陳述することばを前もって準備してきめておくのではなかった。彼らの準備は、日々に神のみことばのとうとい真理をたくわえ、祈りを通して信仰を強めることによってなされるのであった。彼らが裁判に呼び出された時に、聖霊は必要な真理を彼らに思い出させてくださるのであった。  

  神と、神がおつかわしになったイエス・キリストとを知るために日々熱心に努力する時に、魂には力と能率とが与えられる。聖書を熱心に研究することによって得られた知識は、ちょうどよい時にぱっと思い出される。しかしもしだれでもキリストのみことばを知ることを怠っていたら、またもし彼らが試みの時にキリストの恵みの力をためしていなかったら、彼らは、聖霊がキリストのみことばを思い出させてくださることを、期待することはできなかった。彼らは日々二心のない愛情をもって神に仕え、それから神に信頼するのであった。

                   各時代の希望 第37章 最初の伝道者たち

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