もしキリストが、あなたのうちに「栄光の望み」となるならば、あなたは、他の人々を見張り、彼らのあやまちを暴露しようというような性向を持たなくなるだろう。非難したりとがめたりしようとしないで、助け、祝福し、救うことがあなたの目的となるだろう。あやまちに陥っている人を取り扱うにあたって、あなたは、「もしか自分自身も誘惑に陥ることがありはしないかと、反省しなさい」という命令に気をつけるだろう(ガラテヤ6:1)。あなたは、自分も幾度もあやまちにおちいり、ひとたび離れたら、正しい道を見いだすことが、どんなに困難であったかを思い出すだろう。あな たは、兄弟をいっそう暗い暗黒の中に押し入れることなく、憐れみに満ちた心をもって、彼にその危険を告げるであろう。 祝福の山 さばかずに行え
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