2021年7月6日火曜日

この救い主の前に出ると

 ベツレヘムの物語はつきない話題である。その中に、深い「神の知恵と知識との富」がかくされている(ローマ11:33)。天の王座をうまぶねと、敬いしたう天使たちを畜舎の動物たちととりかえられた救い主の犠牲にわれわれは驚くのである。この救い主の前に出ると、人間の誇りと自己満足が責められる。しかもこの犠牲は、救い主の驚くべきへりくだりのはじまりにすぎなかった。アダムがエデンで罪を知らなかった時でさえ、神のみ子が人の性質をおとりになることは無限の屈辱に近かった。ところがイエスは人類が4000年にわたる罪によって弱くなっていた時に人性をおとりになったのである。アダムのすべての子らと同じように、イエスは遺伝という大法則の作用の結果をお受けになった。そのような結果がどういうものであるかは、イエスのこの世の先祖たちの歴史に示されている。主は、われわれの苦悩と試みにあずかり、罪のない生活の模範をわれわれに示すために、このような遺伝をもっておいでになったのである。 各時代の希望 第4章 あなたがたのために救い主が

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