人間が自分で重荷と苦労とをつくり出す時に、神はたびたびそういうことをなさる。
弟子たちは、その日キリストのふしぎなみわざを目に見ていた。天が地におりてきたように思えた。この輝かしく、とうとい日の思い出によって、彼らは信仰と望みに満たされるべきだった。そうしたことについて、心に満ちあふれるままに語り合っていたら、彼らは試みにおちいるようなことはなかったのである。だが彼らは失望に心を奪われていた。「少しでもむだにならないように、パンくずのあまりを集めなさい」と言われたキリストのみことばに注意が払われなかつた(ヨハネ6:12)。それは弟子たちにとって大きな 祝福の時であったのに、彼らはそのことをまったく忘れていた。彼らは波の立ちさわぐ湖のまん中にいた。彼らの思いもまた荒れて、理性を欠いていたので、主は、彼らの魂を苦しめ、彼らの心を占領するような何かほかのものをお与えになった。人間が自分で重荷と苦労とをつくり出す時に、神はたびたびそういうことをなさる。弟子たちは自分で苦労をつくるに及ばなかった。すでに危険が急速に迫っていた。各時代の希望 第40章 湖上の一夜
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