2021年11月5日金曜日

彼ら自身は、自分たちがどんなにしっかりと保護されているかを知らない。

 時には主はご自分の教会の危機と、敵が教会に与えた被害を忘れたかのように思われることがある。しかし、神はお忘れになったのではない。この世において、教会ほど神にとって大切なものはない。世俗的政策によって教会の記録が腐敗することは、神のみこころではない。神はご自分の民が、サタンの誘惑に打ち負かされるままに放置されない。神は、神を誤り伝える人々を罰せられるが、心から悔い改めるすべての者に対して恵み深いのである。力とキリスト者的品性が啓発されることを、神に叫び求める者に、神はあらゆる必要な助けをお与えになるのである。 

終末の時にあって、神の民は地に行われる憎むべきことを、嘆き叫ぶのである。彼らは涙を流して、神の律法をふみにじる危険について悪人たちに警告を発し、言語に絶した悲しみをもって、主の前にへりくだり罪を悔いる。悪人たちは彼らの悲しみをあざけり、彼らの厳粛な訴えを嘲笑する。しかし、神の民の苦悩と屈辱とは、罪の結果失われた品性の力と高貴さを、彼らが回復しつつある間違いのない証拠である。彼らが罪のはなはだしい邪悪さをはっきり認めるのは、彼らがキリストに近づき、彼らの目がその完全な純潔さを凝視するからである。柔和と謙遜が、成功と勝利の条件である。栄光の冠は、十字架のもとにひざまずく者を待っている。 

神に忠実に仕え祈っている者は、いわば神の中に閉じ込められたようなものである。彼ら自身は、自分たちがどんなにしっかりと保護されているかを知らない。この世界の統治者たちは、サタンにそそのかされて、彼らを滅ぼそうとする。しかしもし神の民の目が、ダタンにおけるエリシャのしもべのように開かれるならば、神の天使たちが彼らの回りに陣をしいて、暗黒の軍勢を阻止しているのを見るであろう。 国と指導者 第47章 大祭司ヨシュアと天使

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