2022年4月3日日曜日

堕落した人類があがなわれるまではお休みにならないのである。

  敵が離れ去ってから、イエスは力がつきはてて地面に倒れ、そのお顔は死人のようにまっさおになられた。天使たちは、愛する司令官であられるイエスが人類のために逃れの道を備えるために言いようのない苦難を経験されるのをみつめながら、戦いを見守っていた。イエスはわれわれがいつか会わねばならない試みよりもはるかに大きな試みに耐えられた。いま天使たちは死人のように横たわっておられる神のみ子に奉仕した。イエスは食物で力づけられ、天父の愛のみことばと、全天がイエスの勝利に歓喜しているとの保証に慰められた。ふたたび生気をとりもどされると、イエスの大きなみこころは人類への同情となってそそがれ、彼はご自分がお始めになった働きを完成するために出て行かれる。そして敵が征服され、堕落した人類があがなわれるまではお休みにならないのである。

 われわれのあがないの価は、あがなわれた者たち か救い主とともに神のみ座の前に立つまではわからない。そこで永遠のみ国の栄光が、歓喜しているわれわれの目の前に突然現われる時、われわれはイエスがわれわれのためにそうしたすべての栄光をお捨てになったことや、また天の宮廷からのさすらい人となられたばかりでなく、われわれのために失敗と永遠の損失という危険をおかしてくださったことなどを思い出すのである。その時われわれは冠をイエスの足下に投げて、「ほふられた小羊こそは、力と、富と、知恵と、勢いと、ほまれと、栄光と、さんびとを受けるにふさわしい」との歌声をあげるのである(黙示録512)。

                          各時代の希望第13章 勝利

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