「彼らの間から出て行き、彼らと分離せよ、……そして、汚れたものに触れてはならない」という条件に従うものに、神は、「わたしはあなたがたを受けいれよう。そしてわたしは、あなたがたの父となり、あなたがたは、わたしのむすこ、むすめとなるであろう。全能の主が、こう言われる」と約束なさるのである(Ⅱコリント6:17、18)。神の事柄において豊富な体験を持つことは、すべてのキリスト者の特権であり義務である。「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」とイエスは言われた(ヨハネ8:12)。「正しい者の道は、夜明けの光のようだ、いよいよ輝きを増して真昼となる」(箴言4:18)。信仰と服従は、1歩ごとに、「少しの暗いところもない」世の光に、魂を密接に結びつける。義の太陽の輝く光線が、神のしもべたちの上に照り輝く。そして彼らは、その光を反射しなければならない。ちょうど天空の星が、天には大いなる光があって、その栄光によって自分たちは輝いているのだということを、われわれに告げているように、キリスト者は、自分たちが賛美し、倣うべき品性をお持ちの神が、宇宙の王座におられるということを、あらわさなければならない。神の霊の恵み、神の品性の純潔と聖潔とが、神の証人たちによってあらわされるのである。 各時代の大争闘 清めと日常生活
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