第133章
聖霊—常に伴われるお方
この霊こそは、わたしたちが神の子供であることを、わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます。もし子供であれば、…キリストと共同の相続人です。(ローマの信徒への手紙8章16,17節)
私たちは、キリストのもとに導かれた後も、律法に義を求めるのでしょうか。どこに目を向ければ良いのでしょうか。イエス・キリストの御顔に目を向けましょう。つまり、「わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです」(2コリント3:18)。
神の義と聖霊がいかに密接に結びついているかがお分かりになったでしょうか。イエス・キリストの信仰による義を得るとき、聖霊を私たちから遠ざけることはできません。両者は一体なのです。そしてキリストは、私たちに聖霊を求める権利があると言われます。
聖霊が来られたのは、「律法の支配下にある者を贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした。 あなたがたが子であることは、神が…御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。」(ガラ.4:5、6)。神は、御霊を差し控えることはなさらず、心に送り込んでくださいます。それは無償の賜物なのです。
神の義と聖霊を別々に持つことは不可能です。では、「主の御霊の働きによって、栄光から栄光へと同じ姿に造りかえられ」、イエス・キリストにある神の姿が私たちのうちに見出された後はどうなるのでしょうか。そこには神の刻印があります。
イエス・キリストの御顔を見つめること、それだけで私たちはイエス・キリストを信じる信仰による神の義を受けるのです。イエス・キリストの栄光の御顔を見ることによって、私たちは同じ御姿に造りかえられます。そして、魂に神の霊が働くことによって、私たちのうちにその御姿が回復されるのです。それがなされたとき、同じ神の御霊が、生ける神の印、すなわち神ご自身の永遠の御姿の刻印を押してくださるのです。 [1]
注
1. 世界総会報、415ページ
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